車を走らせていて、ぼーっと考え事をしている時に気づいたことがある。
仕事柄、僕はよくソフトウェアを書く。大体その起点となるのは、〇〇があればできるという思考だ。僕の仕事は、今は出来ないが出来るようになりたいを解決するのが大体の仕事で、大雑把には課題解決と言っている。
そして、僕たちの身の回りには今は出来ないことで溢れていて、大体のことは〇〇があれば出来るの、〇〇が今はないと言うことが多いように思う。
一方で、世の中には真逆の思考法の人もいて、「○○だから、出来ない」というのが口癖のような人もいる。そういう人には近づかないと固く決めているのだが、この違いはなんだろうか。
一つにはunknown/unknownの影響もあるのだろうと思っていて、何を解決すればいいかわからない、何があればいいのかがわからない、知らないが故に解法が思いつけないなどあるのだろうと思う。
そうならないためには、やはり日々、少しでも学びunknown/unknownを減らすっていうのが大事だと思う。もっと単純には〇〇に出会したときに、〇〇は何があれば解決できるだろうか?と少し考え方を変えるだけで、色々な変化が起きるのだと思う。
ここからは蛇足で、僕自身がなぜそういう考えるのだろうなと思い起こして見ると、LEGOだと思った。
僕は田舎の中流家庭で育って、特に裕福というわけではなかった。そして、小さい頃はLEGOばかりで遊んでいた。LEGOは今もそうなのかは知らないが、日曜の朝の時間に宇宙船のキットとか、お城のキットとかのCMをやたら流していて、当時の僕は、それを見てほしいと思ったが、そんなに同じものを何個も買ってもらえるような家庭ではなかったので、今ある手元のキットでどうやったら宇宙船を作れるかとか、城を作れるかとか試行錯誤していたのをとても覚えている。幼い頃から身の回りには出来ないが溢れていて、その中で勝手に染み付いた思考なのだろうなと思う。
取り留めのない話になってしまったが、もし、日々生きる中で〇〇があるから、出来ないと思ってしまったときに、ぜひ〇〇があればできるのにという視点も持って、足し算の思考ができるようになると良さそうに思う。