Aメロで叩く手拍子
Bメロでリズムの変わる手拍子
サビに入ると掲げられる右手
音楽ライブにおけるこれらの所作が苦手だ。理由は、自分の感情の高ぶりによって起こるであろう行為が、決まりごととして発生していて、そこに気持ち悪さを感じていたからだ。
ただ、最近はそう思わなくなった。
振り返ると僕のライブ参加経験はめちゃくちゃ少ない。19歳の頃、長渕剛が大好きだった僕は、宮路くんと山田くんと、Live 2005 YAMATO、福岡マリンメッセ公演のS席チケットを取って、初めてのライブに参加した。
初めてのライブなのに、長渕剛、今思えば拳ライブの総本山のようなところに飛び込んでしまった。そこで、ひたすら周りに同調して拳を上げる自分が嫌になってしまい、しばらくライブに行かなかった。
その後、アコギを僕が好きだったことや、山崎まさよしのギタープレイがかっこよくて、20代の前半で山崎まさよしのライブに行ったことがある。なぜ行こうかと思ったかというと、山崎まさよしのアコギの側面だけを見ていたので、きっと山崎まさよしのライブは座ってしっとり見れると思ったからだ。
しかし、その目論見ははずれ、僕と同行した宮路くん以外はオールスタンディングで、僕と宮路くんだけ座って、黙って音楽を聞いていた。
それから10年くらい、ことライブと呼ばれるものには一切近づかなかった。
時がたち、ペパボに入社して、周囲に元プロのミュージシャンや、ライブキッズが周囲に数人いた影響で、フェスに何度か参加した。沖縄のモンパチフェスや鹿児島のグレートサツマニアンがそれにあたる。
フェスは僕にあっていた。フェスは手拍子を叩き、手を掲げることもできるし、後ろでのんびり酒を飲みながら見ることができる。僕が求めていたのはそれだった。
ただ、一つ例外がある。Dragon Ashだ。
Dragon Ashは中学生の頃から耳にしていて、当時と今では、やっている音楽も違うし、変遷もある。ただ、フェスでDragon Ashのライブに熱狂してしまい、その1ヶ月後には単独ライブに一人で参加して、前方で飛び跳ねていた。その当日は当時独身だった阿部くんが準備してくれた合コンがあったのに、阿部くん、本当にごめん。
僕のライブ経歴はざっくりこんなもんで、以来、参加できそうなフェスには奥さんと参加している。
話が大きく戻り、最近は手拍子を打つことや、手を掲げることも大事だよなぁと思うようになった。理由は単純で、アーティストを応援したいからだ。
僕も何かしらのテックイベントで登壇することがあるけど、そのときに参加者から反応があると嬉しいし、しょうもない冗談がウケると話しやすいと感じる。まさしくそれと似たようなもので、ミュージシャンも観客が突っ立って聴いていたり、反応がないと寂しいじゃないか(当たり前なのだが
今頃になってそういうことに気づいて、最近は好きなミュージシャンのライブでは楽しく周囲と空気を作っている。
本当はこういうのもっと早くみんな気づくんだろうけど、最近になってようやく気づいたよ。